鳥羽市水産研究所を定年退職した後も、全国から「無公害といって売っている洗剤だが、本当に無公害かどうか調べてほしい」と言う洗剤が、どんどん送られて来ました。私は既に岡に上がってしまっていて、実験施設もないし、ウニも生かしておけないので、調べようがなく困っていました。30本ほどたまったところで、思いついたのが同じ鳥羽市の離島の菅島にある、名古屋大学理学部菅島臨海実験所です。
ここは設立以来数十年、ウニの発生の研究を続けていて、その方面では世界的権威を持っています。相当高度な研究をしているので、私がやってきたような簡単な実験はしてくれないかもと思いつつも、当時の所長林教授に頼んでみました。私のいた研究所は坂手島という離島で、菅島とは隣同士、林教授は歴代所長の中で一番気さくな人で、在職中親しくして頂いていたこともあり、気軽に引き受けてくれました。
タイミングが良かったのは、夏休みに入ったところで学生30人が2回に分けて、ウニの発生の実習に来る事になっていて、林先生も丁度いい機会だから、学生たちに実験させようと言ってくれ、学生一人に1検体ずつ渡してやらせました。その結果は、林先生の文(遺伝:1992年5月号:p49:汀の生物学)から引用すると、「市販のさまざまな洗剤を用いた実験の結果がすでに石川らによって報告されているが、臨海実習に参加した多くの学生たちの得た結果もほとんど同様であった。高濃度(使用時の濃度の百分の一の程度)の洗剤中では卵割が停止し、時間が経つと受精卵は崩壊する。それより一桁程度低い場合は卵割の異常、同調性の低下などがみられ孵化に至らない。孵化するためには洗剤の組成によって一桁前後の差があるが、おおむね使用時の濃度の数万分の1以下でなければならなかった。」実験結果は、消費者リポート766号(1990-9-7)に掲載されています。その2年後にも同様に学生実習で取り上げてもらい(日本消費者連盟に寄せられた25検体)、その結果は消費者リポート842号(1992-10-17)に掲載されました。
名古屋大学の実験は、受精するか、その後卵割が始まるかの2点についての実験で、私のしてきたのも大体同じですが、更に発生が進んだ段階で調べると、1桁位低いところで影響が出ることもあります。又もっと成長してから、発生時には影響を受けなかった個体に後から障害が出ることも考えられますが、これは今のところ調べようがありません。所謂環境ホルモンでも同じように、調べようの無いものを安全と決め付ける風潮がありますが、怖い事だと思います。
私達生物学をかじった者は、『発生』という言葉に何の違和感も覚えませんが、ある時雑誌の編集者から「発生って何のことですか」と聞かれて反省しました。普通に発生といえば、「蚊が・・コレラが・・蛆が・・発生する」という風に使うので、戸惑うひとも多いようです。生物学でいう発生とは、受精してから色々な変態を経て、親と同じ形になるまでの過程を言います。卵割は受精した卵が、2・4・8・16・・と分裂していく事を言います。パソコンの解説書ほど酷くはないにしても、部外者(ごく一般のひと)に通じない言葉を使ってはいけませんね。
※このコーナーでは、石川貞二さんの文章をそのまま掲載しています。当「石鹸百科」とは異なる見解が含まれていることがあります。